導入
行政書士の仕事は、書類を作成し、制度に沿って整えることだと説明されることが一般的です。
しかし、日本の行政がなぜこれほどまでに文書を重視するのかという点については、あまり意識されません。
その背景をたどると、古代国家が成立した時代に整えられた文書行政の仕組みに行き着きます。
そもそも律令制とは何か
律令制とは、古代日本において国家運営の基本となった法と行政の仕組みです。
7世紀後半から8世紀初頭にかけて整えられ、天皇を中心とする国家を、一定のルールに基づいて運営する体制が構築されました。
律令制の「律」とは、主に犯罪や刑罰に関する規則を定めたものです。
一方、「令」とは、役人の配置、税の制度、土地の管理、戸籍の作成など、行政運営全般のルールを定めた規則を指します。
国家の秩序と日常的な行政事務を、あらかじめ文章として定めておく点に特徴があります。
律令制はいつ、誰によって整えられたのか
律令制は、特定の人物が一度に完成させた制度ではありません。
7世紀後半、天武天皇の時代に法整備が本格化し、その後、持統天皇の治世を経て制度が整理されました。
8世紀初頭には、大宝律令や養老律令と呼ばれる法体系が整えられ、律令国家としての枠組みが明確になります。
この過程で重視されたのは、全国共通の基準を文書として確定させることでした。
口頭の命令や地域ごとの慣習ではなく、記録を基礎に国家を運営する考え方が定着していきます。
なぜ分かりにくく感じるのか
律令制という言葉は、現代では「古い法律制度」としてまとめて扱われることが多く、具体的な運用の姿が見えにくくなっています。
また、現代の行政文書は紙や電子データで作成されるため、古代の文書行政を想像しづらい点も一因です。
制度の本質が、条文の内容ではなく「記録を前提に行政を行う構造」にあることが、見えにくくなっています。
官人による記録管理の役割
律令制のもとでは、官人と呼ばれる役人が行政事務を担いました。
官人は、戸籍、土地や税に関する記録、命令文書などを作成し、管理しました。
この時代、文書の多くは紙ではなく、木簡と呼ばれる木の札に書かれていました。
木簡は、命令の伝達、物資の管理、記録の控えなど、実務的な用途に用いられました。
媒体は異なっていても、文書を根拠として行政を行う構造は、すでに確立していました。
行政書士が関われる範囲との関係
現代の行政書士は、律令制の官人とは立場が異なります。
それでも、制度に基づいて必要な文書を整え、行政が受け取れる形にするという役割は、文書行政の流れの中に位置づけることができます。
制度の判断を行うのではなく、制度が機能する前提として文書を整える点に共通性があります。
行政書士が関われない/注意が必要な範囲
律令制の官人は、行政上の判断や処分を行う権限を持っていました。
一方、行政書士は判断権限を持ちません。
文書の作成や整理を通じて制度運用を支える立場であり、結果を決定する役割とは明確に区別されています。
現行制度・最近の制度運用とのつながり
現在の行政制度においても、行政は文書や記録を基礎として運用されています。
紙から電子データへと媒体は変化しましたが、「記録として残る形で管理する」という考え方自体は変わっていません。
木簡による管理から電子申請まで、文書行政の基本構造は連続しています。
まとめ
律令制は、日本において文書による国家運営を本格的に定着させた制度でした。
律と令によって行政と秩序を文章で管理し、官人が木簡などを用いて記録を扱う体制が築かれました。
行政書士の業務は、この長い文書行政の歴史の延長線上に位置づけることができます。
文書と制度の関係は、さらに別の時代や視点からも整理する余地があります。

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